プロフィール


プロフィール

松下えみか (えみりん)


主に行っていること

  • 一斉ヒーリング
  • 新月瞑想会
  • コンサルテーション
  • イメージ瞑想
  • リーブル・サイキック・プロテクション講習
  • 3つのお稽古
  • 潜在数秘術、タロット(LOVE&JOYカード)を使用してのイマジネーションセラピー
  • エネルギーを使ったワーク
  • 笑いヨガ


学んできたこと/終了課程

  • エネルギーワーク・チャネリング・アニマル・カードなど
    • wings-of-angel
    • Harmonia la mer
    • School of Lights
    • 日本トータルセラピー協会
      にて学ぶ
  • 日本催眠誘導協会/講師
  • 日本メンタル協会/基礎心理カウンセラー
  • 潜在数秘術協会/認定マスター
  • 笑いヨガリーダー/笑いヨガ名:エミリー
  • 日本トータルセラピー協会/心音メンタルセラピスト
  • 天津金木(あまつかなぎ)・紙縒り

私の夢は、ペットと話すことができる人を増やすことです。
それは、ペットと理解しあえるという体験から、自分以外のものとの繋がりを感じることができ、より平和な社会になるのではないだろうか…と考えるからです。

そして、人と動物とのふれ合いや 自然との繋がりを通して、 自然体になることのお手伝いや
あなたの魂が解放され、 愛と笑いの中で光り輝くお手伝いができたら、 という願いをこめて愛と笑いを届けていきたいと思っています。


これから私が、ペットと話をするということを選んだ体験をお話したいと思います。
少し長くなりますが、お付き合いいただけると嬉しいです。


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それは私がアニマルコミュニケーションを始めたころのこと。

その頃の私はパートのお仕事をしていました。
ある日の帰り道、反対車線で一匹の猫が車にひかれているのを見つけました。
幸いそこは大通りではなく、車も比較的少ない道路だったので
私は脇に車を止めて、猫のところへ近づいていったのです。

その猫は体も大きく、肉付きもいい猫でした。
とにかく後続車に踏まれてはいけないと思い、私は猫を抱きかかえ移動させました。
身体はまだ温かく、柔らかく、抱え上げるとフニャフニャとして
バランスがとりにくかったことを覚えています。
頭から流れる血は、移動してからもまだ流れていました。

猫に手を合わせると、その猫の意識と繋がり「あちらの世界には楽しいことがたくさんあるからね」と伝えたら、彼女は「子どもが心配」だと言いました。
私は彼女が虹の橋を渡るために、こちらに意識を残していてはいけないと思い
「子どものことは心配しなくても大丈夫」と伝えました。
とても安心したように、私に擦り寄り光の柱へ昇っていったのです。

私はその時、あるひとつの出来事を思い出していました。

それは4歳くらいのときだった、と記憶しているのですが
毎日のように父に「犬がほしい」「犬を飼いたい」と駄々をこね続けていたある日。
父からドライブに誘われたのです。
着いたところは、1件のアパートでした。

父がアパートの1階の家の戸を開けると、そこにはたくさんの犬がいました。
そこはブリーダーの家で、生まれた子犬を売ってくれるところだと聞き
私は喜び勇んで家の中へ入っていきました。
そこにはマルチーズがたくさんいて、中には子犬に乳を飲ませている犬が数頭いました。
その中で直観的に「この子」と感じた子がいて、私はすぐさま父に伝え
その子を家族として迎え入れることになったのです。
この子が家に来た初めての動物です。

真っ白とは言えない、少し黄ばんだその子は、コロコロして実によく動き
人の後をついて回りキャンキャンとうるさい女の子。
名前を「りり」といいます。

りりとの記憶は細かく残っているわけではなく、むしろ少なすぎるくらいです。

なぜなら彼女の死はあまりにも早く、あまりにも切ないものだったから
私の記憶の奥に閉じ込めてしまったのです。

車に轢かれた猫に手を合わせながら思い出した、「りり」の死。


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記憶は進んで、私が10歳くらいの年末の昼下がりのこと。

年末で冬休みということもあり、いとこが泊りにきていた我が家は賑やかで
当時はどの家にもカギがかかることなく、どの家も自由に行き来できる
そんな昭和のいい時代でした。

ガラガラガラッ!!
突然玄関の開く音とともに、お隣のおばさんの声がけたたましく響いてきました。

「向こうの坂の上で車にひかれているの、えみちゃんとこの犬じゃない?」

いとこ達と遊んでいた私は、その声とともに飛び出し、おばさんの後を着いて走っていきました。
私の目に飛び込んできたのは、まぎれもなく「りり」でした。
堤防道路から下る坂の途中で、頭を坂の下へ向け横たわるように寝ている「りり」
その頭からは血がでて、血の道ができていました。
触るとまだ温かい。

泣きながら抱えて家に連れて帰り、当時どこかに出かけていた母に電話しました。
慌てて帰ってきた母の自転車の後ろの荷物かごに、タオルをひいて寝かせた「りり」を乗せ私は母の後ろを着いていつもの獣医さんのもとへ走りました。

年末でお休みの獣医さんの戸をたたき、りりを診てもらいました。

「りりを助けて」

私は祈ることしかできない中、必死で祈り続けました。

診察室の戸が開き、母と獣医さんが話しをしている姿と診察室の奥で横たわるりりを、
交互に見ている私のもとへそっと獣医さんが近づいてきて言ったのです。

「この子を助けることは難しい。万一助かったとしても医院は休みで
この子を見る人がいないから、家に連れて帰って見てあげなくてはいけない。」

さらに、こう付け加えたのです。

「もし家に連れて帰っても、生きることは難しいと思う。
生きていたとしても、これだけ頭に傷を負っていると植物状態になる可能性が高い」

「植物状態って?どうなるの?」

そう聞き返す私に

「それは、自分のことがわからないから、呼んでも反応もないし
ただ、そこに生きているだけということ」

「えみちゃんのこともわからない」

私の目からは涙が溢れるばかりで、言葉が見つかりませんでした。

ただ泣きじゃくる私へ先生はこう言いました。
「選択は2つ。このまま苦しむりりに、できる限りの看護をしてあげるか。それとも、苦しまない方法を選ぶか」

苦しまない方法があるならそうしたい。
苦しませることはしたくない。

そう思った私は、苦しまない方法があるならそうしてほしいと言ったのです。

しかし、「苦しまない方法」それは、「安楽死」だったのです。

悩みました。

助かる可能性がある。でも、りりがりりじゃなくなるかもしれない。
助からず、苦しめる時間が長くなるだけかもしれない。

母は、「あなたが決めなさい」と言い、
10歳の私には、その決断は重過ぎました。

どれだけ時間が経ったでしょうか。私には永遠とも感じる時間でした。

母と獣医さんは、そんな中、あたしに言い続けます。
このまま苦しめてたらかわいそうだと。

目の前にいるりりの体は小刻みに揺れ、いまにも消えていきそうなくらい
とても浅い、浅い、時にあらあらしく途絶えながら呼吸をしているように見えます。

私は決断しました。
「りりを寝かせてあげてください」

ごめんね、りり
私が子どもで
ごめんね、りり
ちゃんと見ていてあげれなくて
ごめんね、りり
これでいいの?
ごめんね、りり
苦しい?
ごめんね、りり
ごめんね、ごめんね、ごめんね

りり・・・・

獣医さんは言いました。

「今から、この注射を打つからね。
えみちゃんは、数を数えてあげて。いいかい?」

こくんとうなづいて声に出して数を数えました。

「いーち、にぃー、さぁーん・・・・・」

涙と鼻水でグチャグチャになりながら、声にならない声で数を数え
その数も5を数えたでしょうか。

「りりちゃんは眠ったよ」

と獣医さんが言ったのは。
見ると、まるで寝ているだけのりりがそこにいました。

これは、私が長い間記憶の奥に押しやって閉じ込めていたもの。

死なせてしまった罪悪感
そうすることしか出来なかった無力感

こうして、私はアニマルコミュニケーションを通して
蓋をしてきた感情と向き合うことになったのです。


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さて、最初に書いたお話に戻ります。
私が事故にあった猫を抱きかかえることができたのは、ある出来事があったからです。

それは、結婚してから間もない頃に動物愛護センターから譲り受けてきた
子猫の「しょうくん」のお話。

彼はトラ模様の体をしていて、とっても穏やかな性格の猫でした。

実は、愛護センターから引き取った子猫は彼の前に1匹いました。
その子猫は真っ白く、ふかふかな毛皮でおおわれ、名前を「ミルク」といいました。
「ミルク」はあまりにも小さく、自分で食べることもできないくらい弱々しい子で
私は母のようにミルクを与えていたのですが、

ある晩、ミルクが変なところへ入ったようで、痙攣をしはじめました。
慌ててかかりつけ医のもとへ走り、獣医さんが必死で助けようとしてくれましたが
「ミルク」は助かりませんでした。
完全な私の不注意での死でした。

こんな小さな子に対して、なぜもっと慎重にできなかったのか
悔やんでも悔やみきれません。

そんなこともあり、もう私は生き物を飼うことは出来ないと思っていたのですが
愛護センターに来る子たちが「ちゃんと里親に会えるのか」という心配もあり
ついつい立ち寄ってしまうのです。

そして、出会ってしまったしょう君。

その尻尾はふさふさしていて、普段から毛を逆立てているような太さをもっていて
投げたボールが変なところに入り込むと、その大きな尻尾で上手にバランスをとって
起用な手でチョイチョイと引き出して持ってきます。
彼との一日が体力勝負のように、毎日疲れるまで遊んでいました。

ある日、私は妊娠したことに気づき、
当時、「猫からトキソプラズマが感染して胎児に影響を与える」と言われていたので
私は実家にしょう君を預けることにしたのです。

安定期に入ってから、しょう君に会いに実家にいくと
出入り自由に遊びまわっていた彼は、どこからともなく私を見つけ帰ってきました。
姿が見えないときには、子どもを呼ぶような大きな声で「しょう君~~~」と呼ぶと
ヒョッコリと現れ、足元にすりよってきます。

どんなに離れていても、私のことを忘れず甘えてくる彼を
連れて帰りたくて仕方ありませんでしたが
私たちは初めての子どものため、胎児に影響を与えるかもしれないという情報を
頭から排除できず、

実家に来たら会えるし、生まれて落ち着いたらまた一緒に暮らせると思っていました。

そんなある日、どんなに呼んでもしょう君は帰ってきませんでした。

私は彼を探してまわりましたが、その時ひとつの情報が耳に飛び込んできました。
それは
「数日前に車にひかれた猫を○○さんが堤防に埋めていたよ」

私は、その人のところへいき詳しく聞いてきました。
しょう君の姿が脳裏によぎります。
あきらめきれない私は埋めたとされる場所へいって必死に掘り起しました。
必死に・・・。

そして、尻尾が見えたのです。
しょう君の尻尾によく似た尻尾。

もう、それ以上掘り起こすことはできませんでした。
ただ、この時に彼を抱きかかえ埋めてくれた人がいたということ。

これは私の中ですごい出来事として心に残りました。
飼い猫ではない猫を埋めてあげることは、なかなか出来ることではないからです。

・・・

アニマルコミュニケーションを始めて、私は彼ら(ペットたち)と向き合いました。

虹の橋を渡ってしまった子と会えるのは、意識を通わせる次元の中では
私たちが普段感じているような「時間」がないからです。
その時の彼らの意識と繋がることで、彼らと会話することもできます。

私は、たくさん泣きました。

どれだけ深い傷を隠してしまっていたのでしょう。
どれだけ自分の中の闇を見ないようにしてきたでしょう。
どれだけいい人ぶってきたでしょう。
ドロドロとした感情の中に隠れていた罪悪感、無力感、無価値観
たくさんの感情を掃き出しました。

けれども、彼らはみな優しいまなざしで私を包んでくれました。

そして、彼らと出会ったことの意味を教えてくれました。
私はアニマルコミュニケーションを通して、彼らと理解しあえることの喜び
話しかければかえってくることの喜びを体験しました。

決して私たちはひとりじゃないということも、実感として残りました。

あなたがもし、一人暮らしでペットと暮らしているなら
ペットに話しかけてください。

あなたがもし、家族の中で孤独感を感じているなら
生き物に話しかけてください。

アニマルコミュニケーションは、動物と通じ合う体験を通して
理解すること、分かり合えることの喜びに繋がるのだと思います。

そして、あなたの
生きる力
生きる勇気
生きる喜び
となり、アニマルコミュニケーションを通してどんどん湧いてくるでしょう。

あなたは決してひとりではないのです。

そして、飼い主さんは誰でもペットの一番の理解者であり
ペットは飼い主さんの一番の理解者であるのです。

けれども、動物の命は私たち人間よりも短くはかないものです。
そのとき、あなたには後悔することのないようにしてほしい。

普段の生活の中で、ペットの気持ちはなんとなくでもわかるでしょう
ただ、その時というのは誰でも落ち着いて聞くことはできないものです。

誰でも飼い主として、精一杯のことをしてあげたいと思っています。
そんな時、落ち着いて会話できる自分であることが
まずは第一歩なのではないかとも思っています。

長くなりましたが、ここまでお読みいただきありがとうございました。
ここには書ききれなかったこともたくさんありますが、
それもまた時期がきたらブログなどでご紹介していこうと思います。

このような体験から、私は、動物たちとコミュニケーションをとる方法を
たくさんの人に伝えていきたいと思っています。

ご興味もっていただければ幸いです。


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